香港ステーブルコイン:ネット大手と金融機関が免許争奪戦
村山 広介
この記事の著者
中国株情報部

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。

2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

為替の仕組み


前回(第79回)ご紹介した香港の「ステーブルコイン」は、引き続き株式市場でホットな投資テーマの一つとなっています。7月8日には香港投資サービス会社の金涌投資(01328)の株価が前日比533%高と急騰しました。フィンテック企業のAnchorXグループと提携し、価値がオフショア人民元(CNH)と1対1で連動するステーブルコイン「AxCNH」の発行を目指す覚書を交わしたと発表し、買いが膨らんだようです。

こうした熱狂とは別に、市場関係者が最も注目しているのは「ステーブルコイン発行免許を取得するのはどの企業か」でしょう。というのも、香港メディアによれば、すでに40社以上が免許申請の準備を進めているものの、発行枠は10件未満とされているからです。

香港の財経事務・庫務局(FSTB)の許正宇局長は、7月1日付『明報』のインタビュー記事で、年内に最初のステーブルコイン発行免許を交付する方針を明らかにしました。さらに、交付件数は「1桁台」にとどまる見通しを示しました。



中国の通信社『経済通』の見立てでは、ステーブルコイン発行免許の争奪戦で優位に立っているのは中国国内の大手金融機関やインターネット企業です。一部の中小企業も申請を検討していますが、「審査通過の見通しは極めて厳しい状況」といいます。

ネット大手では、アリババ集団(09988)傘下アント・グループの海外部門であるアント・インターナショナルや、JDドットコム(09618)のブロックチェーン部門会社である京東幣鏈科技(京東コインリンク・テクノロジー)、ステーブルコイン「USDコイン」の発行元である米サークル・インターネット・フィナンシャル傘下の円幣創新(RDイノテック)、スタンダード・チャータード(02888)・安擬集團(アニモカブランズ)・香港通訊SS(06823)の連合体が今年6月までに免許取得に意欲を示しています。

金融関連業務を手掛けるネット企業にとって、ステーブルコインの発行元になる利点は大きいでしょう。越境Eコマースの利用者に便利なクロスボーダー決済が提供できますし、企業間の国際決済コストを下げ、低コストの資金管理サービスも展開できそうです。



ただ、このコラムでも何度か触れてきましたが、中国政府は金融政策の独立性(つまり金利の上げ下げ)、為替相場の安定、資本移動の自由の3つとも統制できるようにしておきたいと考えています。当然、人民元を裏付け資産とするステーブルコインにも目を光らせると考えられます。

そうなると、中国本土当局とすれば、香港でのステーブルコイン発行を国有銀行系の金融機関に任せたいところでしょう。『香港経済日報』はステーブルコイン関連の注目銘柄として中銀香港(02388)を選定しました。同業は中国4大国有銀行の一角である中国銀行(03988/601988)の香港子会社で、香港発券銀行3行の一つです。



このシリーズの前回では、2025年8月1日に施行される「ステーブルコイン(穏定幣)条例」の下、中国本土外の市場で取引されるオフショア人民元(CNH)であれば、香港金融管理局(HKMA)の認可を得れば裏付け資産にできるとご説明しました。理論上、香港でCNHステーブルコインを発行するには中国本土の金融当局による承認手続きは必要ないはずですが、実態はそうとは限りません。

ロイター通信は7月3日、JDドットコムとアント・グループが中国人民銀行に対し、人民元を裏付け資産とする暗号資産(仮想通貨)「ステーブルコイン」の発行を承認するよう働きかけていると伝えました。事情に詳しい関係者によると、両社はオフショア人民元に価値が連動するステーブルコインを発行すれば、人民元の国際化につながると強調。加えて、暗号通貨の分野で影響力を拡大する米ドルへの対抗措置になるというロジックを展開したようです。裏返せば、金融政策と外交上の観点から、人民元と交換できるステーブルコインの発行を認めるメリットは大きいと中国政府が確信しなければ、香港でのステーブルコインの本格的な発展は見込めないということでしょう。


本コラムは個人的見解であり、あくまで情報提供を目的としたものです。いかなる商品についても売買の勧誘・推奨を目的としたものではありません。また、コラム中のいかなる内容も将来の運用成果または投資収益を示唆あるいは保証するものではありません。最終的な投資決定はお客様ご自身の判断でなさるようにお願いします。

※本記事は2025年7月11日に「いまから投資」に掲載された記事を、許可を得て転載しています。


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