「閉じる、は即ち開放」海南自由貿易港の逆説
村山 広介
この記事の著者
中国株情報部

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。

2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

為替の仕組み


いよいよ中国で自由貿易港が本格的に開港します。「中国のハワイ」とも呼ばれる海南島が、今年12月に原則関税ゼロになります。同島は同国最南部の省である海南省の本島で、面積は九州の9割ほどですから、そのスケールの大きさがわかります。

2年10カ月前にこの連載でご紹介しましたが、2025年に海南島全域が本格的な自由貿易港となることは、2020年6月発表の「海南自由貿易港建設総体方案」で決まっていました。したがってサプライズではなかったのですが、それでも7月23日に中国政府が海南島全体を一つの税関監督の特別管理区域とする措置を発表すると中国の株式市場は大いに沸き立ち、「海南」は最もホットな投資テーマの一つになりました。翌24日の香港市場では、免税店運営会社の中国旅遊集団中免(01880)が前日比15.21%高で終えました。同社は海南省で世界最大の「海口国際免税城」を含む6カ所の免税店を展開しています。



ただ、国営新華社が報道向け発表会の内容を伝えた記事の見出しには、少々まごつかされました。「海南自由貿易港の全島封関、12月18日に正式始動」となっていたからです。自由貿易港を「封関」と聞くと、税関を閉じるかのように受け取れます。実は香港でも同じ感想を抱いた人は少なくなかったらしく、『香港経済日報』は7月25日付の記事で「封関と聞いて、香港人が自然に連想するのは2020年の新型コロナ対策での封鎖措置だろう」と書いています。

こうしたとまどいが生まれることは、中国当局側も予期していたはずです。「封関とは島の封鎖ではない。対外開放をさらに拡大することだ」と、国家発展改革委員会(発改委)の王昌林副主任は報道向け発表会で強調しました。

王昌林副主任によれば、全島封関の要点は「一線開放、二線管理、島内自由」です。「一線」とは、海南自由貿易港と中国の関税境界外にある外国・地域とを分ける線、「二線」とは海南自由貿易港と中国本土と分ける線を指します。一線を開放して自由かつ円滑な出入を可能とする措置を実施する一方、二線を越えて海南自由貿易港から中国本土に入る物品は全て税関による統一管理下に入ります。つまり、こうした物品には輸入規定の下で関税や輸入税が課され、貿易の統計に組み込まれることになります。「島内の自由」とは、海南自由貿易港内では各種の生産要素が比較的自由に流通できる状態を指します。

中国旅遊集団中免の免税店



要するに、海南自由貿易港と中国本土の間には、厳しい規制ラインが残るわけです。中国当局者にしてみれば、「封関」という語句を誤読されるリスクは承知の上で、国内向けに「通関は自由ではない」というメッセージを強く打ち出す必要があるということでしょう。「自由貿易港が成立したからといって、本土から海外にヒト・モノ・カネを自在に持ち出せるわけではない」と言い渡すわけです。

中国は個人の資産持ち出しに厳格な制限を設けています。マカオのカジノを舞台とする資金持ち出しや、富裕層が香港に設立する資産管理会社を通じた不正な資産移転などの手口は、厳しく取り締まられています。当然、海南島が新たな「抜け穴」になる事態は決して許容できません。規制と取り締まりの手綱を話すわけにはいかないのです。自由貿易港の本格稼働は海外に向けたアピールに最も力点を置くはずですが、国内の不届きものに対する警告に焦点が当たってしまいました。

なお、「一線開放、二線管理」という語句は、全島封関の意味を説明するために今年になって持ち出された新語ではありません。前述した「海南自由貿易港建設総体方案」に、制度設計の一部として盛り込まれています。海南省当局が運営する海南島自由貿易港の公式サイトにも、詳しい解説が掲載されており、王副主任による先日の説明は基本的に同じ内容を詳しく繰り返したにすぎません。また、広東省珠海市の横琴島と広東省、マカオで形成する「横琴粤澳深度合作区」でも2024年3月から「一線開放、二線管理」による封関運営が行われています。



この連載の第3回でもご紹介しましたが、海南島が自由貿易の拠点として台頭する裏側で、中国における香港の特別な地位が色あせていくのではないか、という不安を香港社会はぬぐえないようです。『香港経済日報』は「封関とは、海南島の特殊な監督管理体制のことで、その厳しさは香港特別行政区のようだ。つまりは、対外開放の試験場所になるということだ」と評しました。

海南自由貿易港の制度では、関税ゼロ範囲の拡大が特に関心を集めていますが、投資・人材往来の自由化や。クロスボーダー資金移動の規制緩和なども見逃せない政策です。例えば「海南自由貿易港建設総体方案」には、金融機関以外の企業による外債発行を自由化していく方針が盛り込まれています。つまり海南島は、自由なモノの貿易だけでなく、国際金融センターとしての機能も備えていくわけです。もちろん、香港には米ドルとのペッグ制をとる通貨「香港ドル」という独特で重要な経済インフラがありますが、海南自由貿易港には同様の仕組みがありません。ただし、新たな決済手段として暗号資産の1種であるステーブルコインを制度的に取り入れれば、香港に代わる中国の対外開放拠点となり得るかもしれません。


本コラムは個人的見解であり、あくまで情報提供を目的としたものです。いかなる商品についても売買の勧誘・推奨を目的としたものではありません。また、コラム中のいかなる内容も将来の運用成果または投資収益を示唆あるいは保証するものではありません。最終的な投資決定はお客様ご自身の判断でなさるようにお願いします。

※本記事は2025年8月1日に「いまから投資」に掲載された記事を、許可を得て転載しています。


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