【あの時あの動き、過去から学ぶ】金融政策のパンドラの箱「YCC」
山下 政比呂
この記事の著者
DZHフィナンシャルリサーチ 為替情報部 アナリスト

証券会社で株式・債券の営業、米系銀行で為替ディーラー業務(スポット、スワップ、オプション)に従事。プライベートバンクでは、為替のアドバイサーとして円資産からドル建て資産への分散投資を推奨してきたドル高・円安論者。「酒田罫線法」「エリオット波動分析」「ギャン理論」などのテクニカル分析をベースに、ファンダメンタルズ分析との整合性を図り、相場観を構築。2016年にDZHフィナンシャルリサーチに入社。

マーケット分析
金融政策の 1

中央銀行による伝統的な金融政策では、「短期金利の操作はできるが、長期金利の操作はできないし、すべきではない」というプリンシパルがあります。

「日銀理論」でも、日本銀行は、短期金利は操作できるが、長期金利は操作不能、となっています。

しかし、1929年の米国発の「暗黒の木曜日」の時、ジョン・メイナード・ケインズは、ルーズベルト第32代米大統領への公開書簡において、米連邦準備理事会(FRB)が積極的に長期金利の抑制(※2.5%)に動くべきだと提言しました。

「FRBが長期債を購入して短期債を売却するだけで、長期国債の金利は、2.5%かそれ以下に低下し、かつそれが債券市場に好ましい効果を及ぼすのであるから、私にはあなたがそれを行わない理由が分からない」

(1933年:メイナード・ケインズからルーズベルト第32代米大統領への公開書簡)

その後、米連邦準備理事会(FRB)は第2次世界大戦中から戦後にかけて「イールドカーブ・ターゲティング政策」(※2.5%)、イングランド銀行(BOE)は、第2次世界大戦後に2.5%を目安とする長期金利の抑制に動いたものの、どちらも戦時体制への緊急避難的な金融政策に留まっています。

FRBが長期金利の抑制を回避している理由は、以下の通りとのことです。

・コントロールを解除する「出口」の難しさ(長期金利をスムーズに正常化できるのか)

・FRBの独立性が低下する可能性(国債の利払い負担を抑えたい政府の利下げ圧力)

・長期金利の目標水準を適切に決められない可能性

・債券市場機能の低下

オーストラリア準備銀行(RBA)は、新型コロナウィルスのパンデミック(世界的流行)初期の2020年3月に3年国債利回りに目標を設定し、2021年11月に終了するまで1年8カ月にわたりイールドカーブコントロール(YCC)を行ってきました。

そして、YCCに関して、利回り目標を秩序立った形で停止できず、中銀の評判が一定のダメージを被ったとの認識を明らかにし、同様のプログラムを再導入する可能性は低いと総括しています。

日本銀行は、2%の「物価安定目標」を達成すべく、2013年4月に「量的・質的金融緩和」を導入し、2016年1月に「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を導入するなど、大規模な異次元の金融緩和を推進してきました。

そして、2016年9月の金融政策決定会合では、それまでの政策効果に関する「総括的な検証」を行い、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和(※イールドカーブ・コントロール(YCC)」を導入しました。

YCCにより、短期金利はマイナス金利(▲0.10%)、長期金利はゼロ%に抑制してきましたが、許容変動幅は、±0.1%、±0.25%、±0.5%と拡大傾向にあります。

2023年1月中旬の時点で、日本銀行のバランスシート上には547兆円の国債が保有されています。

上限が0.25%だった2022年9月末の日銀の保有国債の含み損は8749億円と報じられています。

雨宮日銀副総裁は、2022年12月2日の参院予算委員会で、金利上昇(債券価格は下落)時の保有国債の含み損に関する試算を明らかにしました。国債金利が全体的に1%上昇した場合、含み損は28.6兆円、2%上昇すると52.7兆円、5%では108.1兆円、11%では178.8兆円、それぞれ含み損が生じるとのことです。

0.25%の金利上昇は7兆1500億円の含み損となり、2022年9月末の日銀の純資産は5兆円なので、日銀は債務超過に陥ることになります。

日銀が債務超過に陥ってまで、YCCで守りたかったものとは何なのでしょうか。

本記事は2023年1月31日に「いまから投資」に掲載された記事を、許可を得て転載しています。

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