Weekly Report(9/4):「ドル円は米CPI前に売り買いの決定打に乏しく、概ねレンジ相場を維持か」
安田 佐和子
この記事の著者
ジーフィット為替アンバサダー/ストリート・インサイツ代表取締役

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で商業活動、都市開発、カルチャーなど現地ならではの情報も配信。2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライトなどのTV番組に出演し、日経CNBCやラジオNIKKEIではコメンテーターを務める。その他、メディアでコラムも執筆中。

マーケット分析
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―Executive Summary―

  • ドル円の変動幅は8月28日週に2.92円と、その前の週の2.09円から拡大した。週初は、ジャクソン・ホール会議でのパウエル講演で追加利上げの余地が残されたため、一時147.36円と2022年11月以来の高値を更新した。以降は、米4~6月期実質GDP成長率・改定値の下方修正を始め、米7月求人件数や米8月雇用統計での失業率の上昇など弱含みの結果が続くと売りに傾き、一時144.44円と約1週間ぶりの水準まで売られた。ただ、米8月ISM製造業景況指数が市場予想を上回ると買いに急旋回し、146円前半へ切り返して週を終えた。
  • 米7月PCE価格指数と米8月雇用統計は、米利上げ打ち止め観測を強める内容だった。結果、FF先物市場では、2024年3月まで据え置き、同年5月の利下げ転換の見通しに傾いている。とはいえ、ジャクソン・ホール会議の講演でパウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長が追加利上げの余地を残し、米8月消費者物価指数(CPI)を13日に控えるなか、ドル円は短期的に高止まりでの推移が続く見通し。
  • 各通貨別のインデックスでみても、利上げ方向の通貨が上昇し、据え置きに転じた通貨あるいは円のように緩和策を継続する通貨で明暗が分かれ、クロス円での円安圧力もドル円の下落を妨げよう。しかも、9月は1990年以降、上昇が18回、下落が16回と概ね拮抗する半面、上昇トレンドは3年続くケースが3回みられた。現時点で9月は0.4%高とプラスをたどるなか、このままアノマリー通り上昇トレンドを維持できるか見極めが必要だろう。
  • テクニカル的には、引き続き三役好転や複数のゴールデンクロスなどが維持され、強気シグナルが点灯したままだ。8月28日週は週間でこそ下落したものの、NY引け値は5営業日中3回が146円台、2回が145円台と下落局面での買い圧力を確認している。その一方で、ボリンジャー・バンドはスクイーズの状態でレンジ相場の様相を呈する。加えて、9月13日予定の米8月CPIを前に方向性を決定づける材料に乏しいなか、上値も限られよう。米経済指標や要人発言に対し神経質に振らされつつ、上値の目途は前週に続き心理的節目の147.50円、下値は一目均衡表・基準線がある144円ちょうどを見込む。

1.前週の為替相場の振り返り=ドル円は一時147.36円へ上昇も、米経済指標に一喜一憂し乱高下

【8/28-9/1のドル円レンジ:144.44~147.36円】

(前週の総括)ドル円の変動幅は8月28日週に2.92円と、その前の週の2.09円から拡大した。週ベースでは、5週ぶりに反落。週初は、ジャクソン・ホール会議でのパウエル講演で追加利上げの余地が残されたため、一時147.36円と2022年11月以来の高値を更新した。以降は、パウエル講演で金融政策運営につき「経済指標次第」と発言したため、米指標に一喜一憂する展開。米4~6月期実質GDP成長率・改定値の下方修正を始め、米7月求人件数や米8月雇用統計での失業率の上昇など弱含みの結果が続くと売りに傾き、一時144.44円と約1週間ぶりの水準まで売られた。ただ、米8月ISM製造業景況指数が市場予想を上回ると買いに急旋回し、146円前半へ切り返して週を終えた。

・8月28日は、ドル買いの流れが一服。東京時間早々に一時146.61円をつけるなど上値を伺う展開となった。中国で印紙税の半減が導入されるなど、市場活性化策が発表されたことでリスク選好度が強まり、ドル円をサポート。NY時間に入ると、ダウ平均が300ドル超の上げ幅を付ける過程で、一時146.75円と上値を切り上げた。しかし、ジャクソン・ホール会議でのパウエル講演がそれほどタカ派ではなかったとの見直し論もあって米10年債利回りが低下したため、以降、ドル円は上げ渋った。

・8月29日、ドル円は上値を拡大した後に下落に反転。ロンドン時間からドル買いが強まり、NY時間の米指標発表前に一時147.36円と2022年11月以来の高値を更新した。しかし、米7月求人件数に加え、米8月消費者信頼感指数、米6月S&P/ケースシラー住宅価格指数が軒並み市場予想以下に終わったため、米10年債利回りが4.1%台へ急低下した動きにつれ、ドル円も売りへ急旋回。一時は145.67円まで本日安値を更新した。

チャート:米7月求人件数は、2021年3月以来の低水準

米8月消費者信頼感指数

チャート:米8月消費者信頼感指数、2021年12月の高水準だった7月から低下

図1

チャート:米6月S&P/ケースシラー住宅価格指数、20都市別は4カ月連続で下落

米6月SPケースシラー住宅価格指数

・8月30日、ドル円はNY時間から売りが優勢に。東京時間には一時146.54円まで上昇、日銀の田村審議委員が物価目標の実現を視野に「来年1~3月に解除も」と発言したが、影響は限定的だった。一転してNY時間で米4~6月期実質GDP成長率・改定値が市場予想と速報値を下回ったほか、雇用統計の前哨戦となる米8月ADP全国雇用者数が5カ月ぶりの低水準となり、ドル売りの展開。一時145.56円まで本日安値を更新しつつ、米8月雇用統計を週末に控えその後は下げ幅を縮小し146円前半まで切り返した。

チャート:米Q2実質GDP成長率・改定値は2.4%増→2.1%増に下方修正、企業の設備投資と在庫投資が重石

米Q2実質GDP成長率

チャート:米8月ADP全国雇用者数は5カ月ぶりの低水準

米8月ADP全国雇用者数

・8月31日は、ドル円は小動きを経て急落。東京時間からNY時間序盤まで146円を上下する推移を続けた。米8月チャレンジャー人員削減予定数がトラック運送大手イエローの破産申請を受け急増した一方、米新規失業保険申請件数は3週連続で減少するなど、明暗が分かれる結果に。米8月PCE価格指数は市場予想以下だったが、個人消費支出が予想以上に伸びたため、ドル買いが優勢になる場面もみられた。しかし、ロンドン・フィクシング(日本時間23時、冬時間は24時、東京時間の仲値に相当し、金融機関が対顧客向けの基準レートを決定する時間)から大幅に下落。一時145.35円まで本日安値を更新した。

チャート:米新規失業保険申請件数、前週比にて3週連続で減少

米新規失業保険申請件数

チャート:米8月チャレンジャー人員削減予定数、3カ月ぶりの水準へ増加

米8月チャレンジャー人員削減予定数

チャート:米7月個人消費支出は6カ月ぶりの強い伸び、所得の伸びを上回った結果、貯蓄率は8カ月ぶりの低水準で、今後の消費伸び余地縮小を示唆

米7月個人消費支出

チャート:米7月PCE価格指数、コアとそろって前年同月比は市場予想通りで、前月から小幅加速

米7月PCE価格指数

・9月1日、ドル円は鈴木財務相が「急激な為替変動は望ましくない」と発言しつつ、影響は限定的だったが、NY時間に下落を経て買い戻し。米8月雇用統計を控え、ドル円は145円半ばを軸に膠着した。しかし、NY時間に米8月雇用統計が発表され、非農業部門雇用者数(NFP)が市場予想を超えた一方で、失業率が前月比0.3ポイントと市場予想を上回る上昇を記録した結果、ドル円は売りへ舵を切り、一時144.44円と約1週間ぶりの水準へ下落した。しかし、その後発表された米8月ISM製造業景況指数が米8月S&Pグローバル製造業PMI・改定値と合わせて市場予想を上回ったため、ドル買い戻しへ急旋回。一時146.29円まで本日高値を更新し、高値圏を維持してNY時間を終えた。

チャート:米8月雇用統計・NFPは市場予想超えも、失業率は2022年2月以来の水準へ急伸

米8月雇用統計・NFP

チャート:米8月ISM製造業景況指数、S&Pグローバル製造業PMI・改定値はそろって市場予想超え、前月からも改善

米8月ISM製造業景況指数

チャート:ドル円の8月以降の日足、米10年債利回り(左軸、オレンジ線)の低下に反し、ドル円はレンジ内で乱高下しつつ、全般的に高止まり

ドル円の8月以降の日足

(出所:TradingView)

2.主な要人発言

・8月28~9月1日までの要人発言を振り返ると、全体的にまちまち。FRBからはアトランタ連銀総裁とボストン連銀総裁が比較的ハト派寄りの発言を行いつつ、クリーブランド連銀が追加利上げもありうべしとのタカ派寄りの姿勢を打ち出した。ECBは、ドイツ人のシュナーベルECB専務理事や独連銀総裁、オーストリア中銀総裁が追加利上げ余地を示唆した一方で、デギンドスECB専務理事や仏中銀総裁、ポルトガル中銀総裁などはハト派寄りの見解を表明した。イングランド銀行は、チーフエコノミストを務めるピル英金融政策委員会委員が利上げ継続を示唆。豪準備銀行の副総裁は、2会合連続で金利を据え置く中、今後の金融政策がデータ次第だと強調した。日本から田村審議委員や中村審議委員が、物価目標達成を視野にマイナス金利脱却の可能性をちらつかせたが、ドル円への影響は限定的だった。

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3.主な経済指標結果

〇米国の経済指標⇒注目の米雇用指標は、弱い内容が優勢だった。米7月求人件数は2021年3月以来の900万件割れを迎えたほか、米8月ADP全国雇用者数も5カ月ぶりの低水準、米8月チャレンジャー人員削減予定数は3カ月ぶりの水準へ増加した。米8月雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)は市場予想を上回ったが、失業率が2022年2月以来の水準へ急伸した。一方で、米新規失業保険申請件数は3種連続で減少した。 一方で、米8月ISM製造業景況指数や米8月S&Pグローバル製造業PMI改定値は市場予想を上回り、製造業活動の底打ちが示唆された。

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〇欧州の経済指標⇒ユーロ圏8月消費者物価指数(HICP)速報値はエネルギーが押し上げ総合こそ市場予想を上回ったが、サービスは前月以下となり鈍化の兆しを見せた。独8月消費者物価指数・速報値も、前年同月比で7月の伸びを下回った。 製造業PMI改定値は、ユーロ圏が下方修正も独は速報値と変わらず、まちまちな結果に終わった。英8月製造業PMI改定値は上方修正され、英製造業活動の底堅さを示唆した。

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〇日本と中国の経済指標⇒日本は7月失業率と有効求人倍率が、それぞれ市場予想より弱含んだ。また、7月鉱工業生産も前月比の速報値でマイナス幅を広げたほか、法人企業統計の設備投資額も伸びを縮小し、経済活動の鈍化を示唆した。中国は8月財新製造業PMIが景気判断の分岐点となる50を回復し6カ月ぶりの水準を回復し、中国景気低迷の底打ちが意識された。

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〇オセアニアの経済指標⇒豪7月小売売上高が市場予想を上回った一方で、豪7月CPIは鈍化し金利据え置き継続のサインが点灯した。NZ7月住宅建設許可件数がマイナスに転じ、利上げの影響が出てきたと言えよう。

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