次の日銀総裁の意向を考えないで、判断してはいけない
松井 隆
この記事の著者
DZHフィナンシャルリサーチ 為替情報部 アナリスト

大学卒業後、1989年英系銀行入行。入行とともに為替資金部(ディーリングルーム)に配属。以後2012年まで、米系、英系銀行で20年以上にわたりインターバンクのスポット・ディーラーとして為替マーケットを担当。ロンドン本店、アムステルダム、シンガポール、香港の各支店でもスポット・ディーラーとして活躍する。銀行退職後は本邦総研、FX会社のコンサルティング、ビットコインのトレーディング等多岐にわたる事業に従事する。

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各国の議事要旨は?

中央銀行は国によって理事会、金融政策委員会(MPC)などと呼び方は違いますが政策決定会合を開いています。多くの国では、発表直後に大まかな声明文が発表されたり、当日に記者会見が開かれます。為替も会見内容により上下することも多々あります。

また、声明文よりも詳細を明らかにする議事要旨を発表する中銀もあります。欧州中央銀行(ECB)、カナダ中銀、NZ準備銀行(RBNZ)は議事要旨などは特に発表していませんが日米豪英の各中銀は詳細となる議事要旨を会合後しばらくした後に発表します。

具体的に他国での議事要旨公表は米連邦公開市場委員会(FOMC)、昨年12月13-14日に会合→議事要旨は1月4日発表豪準備銀行(RBA)、昨年12月6日に会合→議事要旨は12月20日発表英イングランド銀行(BOE)、MPC終了の翌日に政策金利と議事要旨を同時に発表となっています

そして、日銀は昨年12月19-20日に会合→議事要旨は先週の1月23日発表されました。会合が開かれ議事要旨が発表されるまでに、もう一度会合が1月17-18日にあったのですから他国と比較してその遅さが目立ちます。

BOEは1日で制作するものを、日銀は議事要旨を作るのになぜ1カ月以上の時間をかかるのか?

市場にとっては新鮮味がなく、市場との対話を重視していないと非難されるのもうなずけます。

前回の日銀の議事要旨にサプライズが

上述したように時間が経った議事要旨への注目度は否が応でも下がります。

しかし、先週発表された日銀の議事要旨(昨年12月19-20日分)は注目されました。

その理由は、12月の会合で日銀がイールドカーブコントロール(YCC)を従来の「±0.25%」から「±0.50%」へ変更したからです。

しかも、黒田日銀総裁は12月20日の会見では「YCCの運用見直しは利上げではない」と市場関係者からすれば、意味不明の回答が出てきたことで今回の真意はなんだったのか?となり、市場は議事要旨への注目が集まりました。

議事要旨の詳細は日銀のホームページで読めますが、その中でYCC変更は

「運用見直しは市場機能の改善に資すると述べたうえで、マーケットがどこに、どのように落ち着き

市場機能がどれだけ改善するのか、謙虚にみていくことが大切であるとの見方を示した」

「この間、何人かの委員は、長期金利の変動幅の拡大は、世界的な物価上昇圧力が高いもとで金融緩和をより持続可能なものとする対応であり、金融緩和からの出口に向けた変更ではないことを明確に説明する必要があると指摘した。」

と、記載されています。

この文言を読んでも市場は「相変わらず分かりにくいので、取りあえず静観」となり動きは限られました。

しかし、サプライズは議事要旨15ページ目からの文にありました。

政府からの圧力があったのか?

15ページ目には・・・

「以上の議論を踏まえ、政府からの出席者から、会議の一時中断の申し出があった。議長はこれを承諾した(10 時 51 分中断、11 時 28 分再開)。」

この「政府から出席者」と秋野公造財務副大臣、藤丸敏内閣府副大臣にあたります。

その間に中座した政府出席者は鈴木財務相に連絡をしています。

そして、政府の意向を下記のように示しています。(抜粋)

「 本日、議論のあった内容は、『物価安定の目標』を実現する観点から、より持続的な金融緩和を実施するためのものと受け止めている。」

「 わが国の景気の先行きは、各種政策の効果もあって、持ち直していくことが期待される」

「日本銀行には、引き続き、政府と緊密に連携し、経済・物価・金融情勢を十分踏まえ、適切な金融政策運営を期待する」

多くの報道でも記載されていましたが、37分の中座が行われたこと自体が、異例中の異例です。

しかも、政府の見解まで議事要旨に記載されています。

これは政府からの圧力だったのではないかとの声が出ています。

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なぜならば、時を数日前に遡る12月17日の日経新聞に「政府、日銀との共同声明見直し論」との報道が流れました。

内容は「2%の物価上昇目標の達成時期や範囲をより柔軟に」「表現の一部を修正」などとなっていました。

会合が開かれる前にマスコミを使って「政府の意向はこうなんだから、ちゃんとやれよな」と圧力、会合を中断して政府関係者が「こうすることになりましたが、どうですか?」と確認作業、政府は了承し、政府の思惑通りにYCC拡大決定、という流れではなったのではないかと言われています。

レームダックの中銀総裁の意向で取引してはいけない

今回の一連の流れは、現政権は黒田総裁について納得していないとのことでもあるのでしょう。

このことは、今月20日にブルームバーグでインタビューを受けた甘利前自民党幹事長の発言でもうかがえます。

このインタビューで甘利氏は

「マイナス材料は少しずつ情報を出して発表時に織り込み済みにする悪だくみができる人がいい」と述べ市場との対話不足と言われている黒田総裁への批判とも捉えられます。

これまでは安倍政権と黒田総裁があまりにも蜜な関係だったことで、政府と日銀の間のずれがありませんでした。

しかしながら、現在の岸田政権と黒田総裁の関係は安倍=黒田ラインほどは濃くはないのでしょう。

現内閣は、頑なに政策変更を拒否する黒田総裁の意向を拒絶し、政府の姿勢を12月の会合でしっかり伝えたと思われます。

12月の会合後の黒田総裁の会見を見た市場参加者は、総裁は虚ろで元気がなかったとの声もあったように黒田総裁の意向に反する決定だったのかもしれません。

4月8日で任期が切れる黒田総裁はもうレームダックとなっていると言えるでしょう。

よって、ここからの注目は政府が2月10日頃に国会に提出予定となっている日銀の正副総裁人事です。

次の総裁は岸田内閣の意向を組むことを前提とした人事になるでしょう。

甘利前幹事長曰く、「いい意味で世界に向けて悪知恵を出せる人を期待する」。

岸田内閣の意向を組んでくれる新総裁は誰になるのか、今後の金融政策や為替に影響を与えます。

黒田総裁の時代は終わり、2月からの相場は新総裁の信条を理解しない限りは「判断してはいけない」相場展開になりそうです。

本記事は2023年1月30日に「いまから投資」に掲載された記事を、許可を得て転載しています。

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