Weekly Report(3/18):「ドル円は日米の金融政策決定を挟み乱高下も、FOMC次第で下値余地」
安田 佐和子
この記事の著者
ジーフィット為替アンバサダー/ストリート・インサイツ代表取締役

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で商業活動、都市開発、カルチャーなど現地ならではの情報も配信。2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライトなどのTV番組に出演し、日経CNBCやラジオNIKKEIではコメンテーターを務める。その他、メディアでコラムも執筆中。

マーケット分析

―Executive Summary―

  • ドル円の変動幅は3月11日週に2.68円と、その前の週の4.09円から縮小した。週間ベースでは、3週ぶりに反発。相次ぐ日銀のマイナス金利解除報道に反応薄で、むしろ米物価指標を受け、3月19~20日開催の米連邦公開市場委員会(FOMC)でタカ派的となる見通しが強まり、買い戻された。15日のNY時間では149.16円まで上昇、前週の下落を概ね打ち消した。
  • 今週は、3月18~19日に日銀の金融政策決定会合、19~20日に米連邦公開市場委員会(FOMC)を予定し、重要イベントが相次ぐ。
  • 時事通信や共同通信など、相次いで日銀が2016年1月に導入したマイナス金利解除に踏み切ると報道。加えて、同年9月に開始した長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)の撤廃と、2010年12月から実施した上場投資信託(ETF)の買い入れ終了を決定するとも伝えた。
  • 日銀は、マイナス金利を始め異次元緩和の解除を決定する公算が大きいなか、植田総裁が「緩和的な金融環境を維持する」と明言するように、国債買い入れは維持する見通しだ。国債買い入れは長期金利の上昇を抑えるだけに、日米金利差縮小が想定以上に進まず、ドル円の下値余地を限定的とさせうる。
  • 3月FOMCでは、米2月消費者物価指数(CPI)など米物価指標が相次いで市場予想を上回ったため、FOMCで公表される四半期に一度のドットプロット(FOMC参加者のFF金利予想)が、前回2023年12月時点での年内3回の利下げを示唆→2回に修正される見通しが強まっている。ただ、量的引き締め(QT)の減速について、3月FOMCから本格化する見通しだ。パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)の会見も、3月6~7日に行った議会証言で「年内いずれかの時点で利下げが適切」と発言したばかりで、ハト派寄りの姿勢を撤回するとは想定しづらい。筆者は、米労働市場は失業率が上昇するように減速が鮮明となっているだけに、年3回の利下げ示唆を維持すると見込む。
  • ドル円は日米金融政策決定会合を踏まえ、乱高下しそうだ。ただし、投機筋の円のネット・ショートは未だ高水準にあり、上振れしても瞬間風速にとどまるのではないか。むしろ、3月FOMCでタカ派寄りとなる見通しが強まっているだけに、逆の展開となれば下振れする余地もあるだろう。
  • 以上を踏まえ、今週のドル円の上値は心理的節目の150.50円、下値は2023年11月と同年12月安値の半値戻し付近の146円ちょうどを見込む。

1.前週の為替相場の振り返り=ドル円、米CPIなど市場予想を上回る米物価指標を受け149円回復

【3月11日~15日のドル円レンジ:146.48~149.16円】

(前週の総括)

 ドル円の変動幅は3月11日週に2.68円と、その前の週の4.09円から縮小した。週間ベースでは、3週ぶりに反発。ドル円は3月11日に一時146.48円まで本日安値を更新したが、以降は米2月消費者物価指数(CPI)や米2月生産者物価指数(PPI)が市場予想を上回ったため、インフレ再燃が意識され米長期金利が上昇するにつれ、147円台、148円台と次々に大台を超えて買い戻された。米新規失業保険申請件数が前週比で減少したことも、ドル円の買い材料となり、前週分の下落を概ね打ち消した。

 3月11日週も、時事通信が14日に「日銀、マイナス金利解除で調整 高水準賃上げ、物価2%実現に自信―連合集計踏まえ最終判断」、15日に共同通信が「日銀、マイナス金利解除へ 17年ぶり利上げ、19日決定」と相次いで報じた。さらに、植田総裁は13日の参院予算委員会にて「(2%物価目標の)実現が見通せる状況に至ったら、マイナス金利政策やイールドカーブ・コントロールなどの大規模緩和策の修正を検討していくことになる、春季労使交渉の動向は大きなポイント」と発言した。しかしながら、為替市場は反応薄。むしろ、3月19~20日開催の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、四半期に一度公表されるFF金利見通し・中央値が前回の年内3回利下げから2回に引き下げられる見通しが強まり、日米金利差拡大観測からドル円の買いの流れが続いた。

チャート:ドル円の2月以降の日足、米10年債利回りは緑線(右軸)

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(出所:TradingView)

2.為替見通し=ドル円は日米の金融政策決定を挟み乱高下も、FOMC次第で下値余地

【3月18日~3月22日の為替予想レンジ:146.00~150.50円】

―3月FOMCは米物価指標を受けタカ派となるか否か、それが問題だ

 「米インフレ退治、『ラストマイル』が最難関」――ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙のFed番記者、ニック・ティミラオス氏が2023年7月に配信した記事のヘッドラインである。その後、インフレ根絶に向け勝利宣言は時期尚早とし、2023年7月FOMCを控え利上げを行う方針との記事を執筆、観測記事通り、Fedは利上げを行った。ただ、それ以降、Fedはインフレ鈍化を受けて据え置きを続けている。

 あれから1年が経過しようとするなか、再び「ラストワンマイル」がFedに重く圧し掛かる。米2月消費者物価指数(CPI)と米2月生産者物価指数(PPI)は、そろって市場予想を上回った。ただ、厳密にいえば、米2月コアCPIは2021年5月以来の低い伸びとなり、鈍化トレンドは維持。また、CPIの36%を占める住宅関連は下方向をたどり、居住費は前年同月比5.8%と2022年7月以来の6%割れを迎え、帰属家賃も同6.0%とゆるやかながら着実に鈍化しつつある。

チャート:米2月CPI、前年同月比はコアが鈍化トレンドを維持

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チャート:米住宅関連の物価はピークアウト

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 しかし、ウォール街の一部では足元のインフレ鈍化がまやかしに終わり、1970~80年代のようにインフレが再燃するのではとの見方も根強い。米2月PPIの再加速は、そうした悪夢の再来を示唆しているようでもある。

チャート:1970~80年代型のインフレ再燃、時を超えて再現も?

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 仮に3月19~20日開催の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、インフレ再燃を懸念する声が強まるならば、年内の利下げ見通しが修正される余地が出てくる。四半期に一度公表される経済・金利見通しとドット・プロットをめぐり、後者については前回202312FOMCでの2024FF金利予想・中央値は4.6%と年内3回の利下げを示唆していた。筆者は、年内3回利下げ予想据え置きをメインシナリオに掲げるが、4.9%即ち年内2回の利下げへ修正されるリスクに留意しておいた方がよさそうだ。なお、19名のFOMC参加者の内、2名がFF金利見通しを上方修正すれば、年内利下げ予想・中央値は3回から2回の利下げ示唆に転じる。

 冒頭に紹介したWSJ紙のFedウォッチャー、ニック・ティミラオス記者の足元の配信内容を振り返ってみよう。同氏は3月14日に、X(旧ツイッター)でブルッキングス研究所の試算を基に「移民の人口増加を受け、失業率を安定推移させる上で必要な非農業部門就労者数(NFP)の伸びは前月比20万人増」と投稿した。失業率を上昇させない上では、NFPは従来想定された水準を超えた伸びが必要というわけで、これはハト派寄りと判断できる。米物価指標の市場予想超えを受け、X(旧ツイッター)の投稿では米PCE価格指数の2024年見通しが上方修正されるリスクについてコメントしつつも、3月17日付けの3月FOMC前の観測記事では、「積極的な引き締め後も米経済は堅調の議論は終焉に向かう」と報道。これまではコロナ禍で成立した財政出動や、移民の増加が供給を拡大させ米経済を支えてきたが、今後は①高金利による利払い負担増に喘ぐ企業と家計、②コロナ前の水準以下となった中低所得層の貯蓄、③政府とヘルスケア以外の雇用が示すような労働市場の減速――を受け、どれだけの利下げが必要かを議論する見通しと示唆した。

 肝心のパウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長の発言を振り返ると、3月6~7日に米下院金融サービス委員会と米上院銀行委員会で半期に一度の議会証言を行い、「年内いずれかの時点で利下げが適切」との見解を寄せた。インフレについては物価目標2%への回帰にコミットしていると述べつつ、「これまでよりも良いインフレ指標を求めているわけではなく、ただ(利下げへの確信が)持てるように、多くのデータを求めているだけだ」と明言。利下げへの転換に、インフレの明確な鈍化を挙げていなかった。

 筆者が年内3回の利下げ予想据え置きをメインシナリオとする理由は、WSJ紙の3月17日の報道に加え、パウエルFRB議長のこの発言に依拠する。繰り返すがコアCPIについては鈍化トレンドをたどり、米2月PPIの上振れも原油高の影響が考えられる。何より、前回のレポートで指摘したように、失業率の上昇には「一時的ではない解雇者」の増加が寄与していた。バイデン大統領は38日、ペンシルベニア州で行った演説で「保証はできないが、金利がもっと下がるのは間違いない」と発言したが、こうした労働市場の変調もあって、政治的な利下げ圧力が強まりかねない。FRBは政府から独立した機関だが、2019年7月にトランプ大統領(当時)の圧力に屈し、3回の予防的利下げを行ったことを、バイデン政権は忘れていないはずだ。

―3月の日銀マイナス金利解除は、決定的?

 日銀金融政策決定会合を18~19日に控え、3月11日週は一段とマイナス金利解除に関する報道が熱を帯びた。足元の要人発言と各種報道は、以下の通り。

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 ここまで、日銀のマイナス金利解除関連の報道が相次いだのは、非常に珍しい。政府・日銀が、安倍政権時代に黒田前日銀総裁主導で実現した異次元緩和からの脱却をリークしたのであれば、政策転換を市場に織り込ませようとする強固な意志が感じられる。

 しかし、相次ぐ日銀マイナス金利解除報道にもかかわらず、ドル円は149円台まで急回復した。マイナス金利を解除し、2016年9月に導入したイールドカーブ・コントロール(YCC)を撤廃したとしても、日銀が大規模な国債買入を継続すると報じられているためだろう。

 前回のレポートで指摘したように、新「量的」緩和の導入は、マイナス金利解除後の長期金利の上昇を抑制する狙いがあり、日米金利差縮小を限定的とさせうる。時事通信が3月9日に報じたところ、国債買入額は月当たり6兆円弱となる見通しだが、1月は5兆9,486億円、2月は5兆9,477億円だった。また、日経新聞が3月16日に報じたところ、「長期金利が著しく変動する場合は利回りを指定して国債を買い入れる『指し値オペ』と呼ぶ手段を使って金利を抑える仕組みを残す」見通しだ。

チャート:日銀の国債買入額

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 今回、YCCを撤廃する方針だが、月額6兆円弱の買い入れ規模ならば、国債買入規模はYCC導入直後に過去最大となった2016年の1192,416億円、それに次ぐ2023年の1139,380億円以下の71兆円程度となる見通しだ。ただ、日銀の国債買入規模とドル円に統計的な有意性は乏しく、日銀の国債買入規模が即ちドル円の変動に直結するとは言い難い。

 もう一つ、今回のYCC撤廃で意識されるのは、日銀の国債保有比率(国庫短期証券を除くベース)だ。2023年7~9月(Q3)末時点で53.86%と、過去最大を記録した。日銀が大規模緩和からの脱却を図る上で市場機能に配慮するならば、一段の保有率引き上げを望まないのではないか。だからこそ、足元の水準を若干上回る6兆円弱という数字に落ち着いたように見える。

 日銀がなぜ4月の日銀短観を待ってからではなく、「3月のマイナス金利解除」を選択したのか、という点も考える必要がありそうだ。仮に3月にマイナス金利解除に踏み切るなら、①米利下げ前の正常化を狙った、②日本の景気減速前の正常化を急いだ、③33年ぶりの賃上げ率の流れで正常化を進めようとしたーーなどの理由が挙げられよう。このなかで、①の米利下げ前にこだわったマイナス金利解除ならば、3FOMCはハト派寄りとなる公算が大きく、やはりドル円の上昇余地は限られてくるのだろう。

チャート:日銀の国債保有比率(国庫短期証券を除くベース)

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 今後のドル円は、日銀がいう「緩和的な金融環境を維持する」姿勢と、FRBの金融政策運営をにらんだ展開となりそうだ。

チャート:日銀の国債買入規模(暦年ベース)とドル円の推移

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 なお、YCCの変更状況を振り返ると、日銀は黒田前総裁時代の2022年12月にYCCの運用幅を見直し、長期金利の許容変動幅を「±0.25%→±0.5%(許容上限は0.5%)」に拡大。植田総裁就任後は、2023年7月にYCCの運用柔軟化を決定し長期金利の変動幅「±0.5%」は「目途」との表現を加え、長期金利の上昇抑制を狙い国債を買い入れる指し値オペの水準を、従来の0.5%→1.0%に引き上げた。同年10月はYCCにさらに変更を加え、長期金利の許容変動幅について「±0.5%を目途」としていたところ、「長期金利の上限は1.0%を目途」に修正していた。今回撤廃となれば、2016年9月の導入から約7年半で終幕ということになる。

―ドル円は乱高下か、3月FOMCが予想外にはハト派寄りなら下振れ余地あり

 今週は3月18日に日本1月機械受注に始まり、中国の2月小売売上高と2月鉱工業生産、19日に日銀金融政策決定会合の結果発表と植田総裁の記者会見、20日に米連邦公開市場委員会(FOMC)の結果発表とパウエルFRB議長の記者会見、21日に日本2月貿易統計、21日に米3月総合PMI速報値、22日に日本2月全国CPIなど、数多くのイベントを控える。

 ドル円は前週の上昇により、パウエルFRB議長の「年内いずれかの時点で利下げが適切」との発言を受けた下げ幅を打ち消しつつある。抵抗線として意識された2023年11月高値と同年12月安値の61.8%戻し、50日移動平均線、一目均衡表の転換線と基準線を次々に突破し、地合いは好転してきた。

 3月11日にRSIが34.04と割安水準の30に接近してからの反発は、前週ポジション調整を予想したように、想定通りだった。問題はここからで、中間点となる50を回復しており、日米金融政策次第でどちらかに再び振れやすくなってもおかしくない。

チャート:2023年10月以降の日足、2023年11月高値と同年安値の61.8%戻しは黄緑線、50日移動平均線は紫線、一目均衡表の日移動平均線は黄色線、RSIは下図

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(出所:TradingView)

投機筋による円のネット・ショートは312日週に102,322枚と、その前の週の118,843枚から縮小した。ドル円が一時146.28円と約1カ月ぶりの安値を付けるなかでも、引き続き2013年12月以来の高水準に膨らんだ2月27日週の13万2,705枚の射程距離範囲内にある。テクニカル的に地合いは好転しつつあるとはいえ、ポジション動向を踏まえるならば、ドル円の上昇余地は一気に152円を目指すほど大きくないのではないか。

チャート:円のネット・ショートは前週比で縮小も依然として高水準

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 日銀が仮にマイナス金利解除を見送ったとしても、9人の審議委員のうち数人が賛成するなど4月会合での決定を示唆する見通しだ。また、植田総裁自身も地均しを行うだろう。3月のFOMCにてドット・プロットで年内の3回の利下げ見通しが2回に引き下げられたとしても、量的引き締め(QT)の減速が意識されれば、米金利上昇を抑えるシナリオも想定される。従って、ドル円が日米金融政策の決定を受け乱高下しても、瞬間風速にとどまるのではないだろうか。逆に、3FOMCでハト派的な姿勢が打ち出されれば、予想外の展開となり、ドル円に下振れ余地が出てきそうだ。

 以上を踏まえ、今週のドル円の上値は心理的節目の150.50円、下値は2023年11月と同年12月安値の半値戻し付近の146円ちょうどを見込む。

チャート:一目均衡表の転換線は赤線、基準線は青線、雲の上限は薄緑線、200日移動平均線はオレンジ線

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(出所:TradingView)

3.主な要人発言

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4.主な経済指標結果

〇米国の経済指標

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〇欧州の経済指標

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〇日本と中国の経済指標

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〇オセアニアの経済指標

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5.今週の経済指標予定

・赤字が最重要、青字がある程度重要な経済指標 orイベントとなる。

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