Weekly Report(11/10)「米労働市場に加えAI投資をめぐる不確実性、ドル円の上値の重石となるか」
安田 佐和子
この記事の著者
トレーダム為替アンバサダー/ストリート・インサイツ代表取締役

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で商業活動、都市開発、カルチャーなど現地ならではの情報も配信。2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライトなどのTV番組に出演し、日経CNBCやラジオNIKKEIではコメンテーターを務める。その他、メディアでコラムも執筆中。

マーケット分析
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―Executive Summary―

  • ドル円の変動幅は11月3日週に1.67円と、その前の週の2.91円から縮小した。週足では3週ぶりに反落。前週比では0.60円の下落となり、年初来リターンは前週の2.1%安から2.5%安へ下げ幅を広げた。週初は高市政権が財政拡張型の政策を講じるとの観測を受けドル円は上昇し一時154.49円と2月半ば以来の高値を更新した。しかし、米10月チャレンジャー人員削減予定数が単月で2003年以来最多となったほか、シカゴ連銀の失業率予想が前月に続き4.4%と弱含みとなるなど、軟調な米労働指標に反応し上げ幅を削った。
  • 民間や連銀が発表した米労働指標は、弱含みとなった。米10月ADP全国雇用者数は3カ月ぶりに増加したとはいえ、年末商戦の臨時雇用が期待できるなか、10月単月では2010年のデータ発表開始以来で最小だった。米10月チャレンジャー人員削減予定数も、単月で2003年以来最多に。シカゴ連銀の失業率予測でも、10月は4.36%と前月の4.35%を上回り、四捨五入では2021年10月以来の水準へ上向く見通し。こうした弱含みが続くならば、12月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で利下げを行う公算が大きい。
  • NY連銀のウィリアムズ総裁は11月7日、資産ポートフォリオの拡大を近く再開する可能性があると示唆した。銀行の準備預金残高が「十分な水準」を下回り、翌日物市場で資金ひっ迫(短期金利上昇)が発生するリスクを回避する狙いがある。11月5日時点での準備預金残高は約2.8兆ドルと、ウォラーFRB理事の推計値に接近した。しかも、10月31日には、2021年7月に導入された常設レポファシリティ(SRF)において過去最大となる503.5億ドルの利用が記録され、市場の流動性環境に変化の兆しが見られた。2019年秋の短期金利上昇局面で決定したように、Tビルなどの買い入れを再開する公算が大きい。
  • 米株相場は10月29日に最高値を付けた後、失速しつつある。急拡大するAI投資を受けて、資金調達手段の複雑化・高リスク化も重なり、信用不安の火種がくすぶり始めていることが一因だ。AI投資をめぐっては、金融市場において信用不安の兆しが5つ見て取れる。米連邦預金保険公社(FDIC)の2025年リスクレビューによれば、NDFIが運用する資産は著しく増加し、現在では総額100兆ドルを超え、米銀総資産の3倍以上に達している。NDFI向け融資拡大の主な牽引役は、プライベート・エクイティやプライベート・クレジット関連の事業体への融資があり、AI投資には前述したようにプライベート・クレジットが深く関与するだけに、リスク要因として留意すべきだろう。
  • ドル円は前週比で、テクニカルの強い地合いが小幅ながら低減した。2024年7月の高値と2025年1月の高値を結んだトレンドラインから下放れして週を終えたため、上値追いの勢いが後退したように見える。また、RSI(14日)とMACDが再びデッドクロスを形成。AI投資をめぐる不確実性に伴う米株安を受け、リスクオフが強まる場合もありそうだ。
  • 11月10日週の経済指標は、9日に日本9月国際収支、英10月失業率、ユーロ圏と独の11月ZEW景況感調査、13日に日本10月国内企業物価指数、豪10月失業率、英Q3GDP、14日に中国10月の小売売上高と鉱工業生産などを予定する。米政府機関の閉鎖が続くなか、政府統計の発表は今週も見送られる見通しだ。
  • その他、政府・中銀関連では、10日に日銀10月会合の主な意見、米3年債入札、11日に日本30年利付国債入札、12日に米10年債入札、ベッセント財務長官やNY連銀総裁による米債券市場会議出席、アトランタ連銀総裁やフィラデルフィア連銀総裁の発言、13日に日本5年利付国債入札、セントルイス連銀総裁の発言、14日にアトランタ連銀総裁と10月FOMCで据え置き票を投じたカンザスシティ連銀総裁の発言が控える。
  • 以上を踏まえ、今週の上値の目途は心理的節目の155.00円、2024年9月安値と2025年1月高値の38.2%押しにあたる151.50円と見込む。


【11月3日~7日のドル円レンジ:152.82~154.49円】

 ドル円の変動幅は11月3日週に1.67円と、その前の週の2.91円から縮小した。週足では3週ぶりに反落。前週比では0.60円の下落となり、年初来リターンは前週の2.1%安から2.5%安へ下げ幅を広げた。週初は高市政権が財政拡張型の政策を講じるとの観測を受けドル円は上昇し一時154.49円と2月半ば以来の高値を更新した。しかし、米10月チャレンジャー人員削減予定数が単月で2003年以来最多となったほか、シカゴ連銀の失業率予想が前月に続き4.4%と弱含みとなるなど、軟調な米労働指標に反応し上げ幅を削った。

3日のドル円は、日本が休場とあって小動き。154円を上下する動きが続き、NY時間に一時154.30円まで本日高値をつけた。しかし、米10月ISM製造業景況指数が市場予想以下になると、一時153.92円まで本日安値を更新した。

4日のドル円は、堅調。ドル円は買いの流れが続き、東京時間の序盤に「日本成長戦略本部」の設置で高市政権の財政が拡張型になるとの見方から、10月30日の高値154.45円を超え一時154.49円までジリ高となった。その後、片山財務相が10月31日に続き「高い緊張感をもち見極め」などと発言すると、154円割れ。売りの流れが続き、ロンドン時間には一時153.32円まで本日安値を更新。ただ、翌日の米10月ADP全国雇用者数発表を前に売りを攻める動きも限られ、NY時間に米株安につれ売られる場面でも、本日安値に並んだ程度で、153円前半へ切り返してNY時間を終えた。

5日、ドル円は売り先行後に買い戻し。AI相場の調整懸念から日経平均が一時2,400円超の大幅安となる過程で、ドル円もリスクオフに連れて153円を割り込み、一時152.96円まで本日安値を更新した。もっとも153円割れでは下値も堅く、NY時間に発表された米10月ADP全国雇用者数や米10月ISM非製造業景況指数が市場予想を上回ったため、154円台を回復し一時154.36円まで本日高値をつけた。

6日、ドル円は売り優勢。日本9月実質賃金が引き続きマイナスをたどるなか堅調に始まり、ドル円は一時154.14円まで本日高値を付けた。ただ、徐々に上値が重くなり、ロンドン時間には、通常の時間より前に発表された米10月チャレンジャー人員削減予定数が単月で2003年以来の最多となったため、売りが加速。NY時間にはシカゴ連銀の失業率ナウキャストが引き続き軟調な失業率動向を示し、米株安も売りを招き、153円を割り込んで一時152.83円まで本日安値をつけ、153円台へ切り返しつつ戻りは限定的だった。

7日、ドル円は売り継続。ドル円は東京時間の序盤、前日の流れを受け継ぎ売りの流れが続き一時152.82円まで週の安値をつけた。しかし、高市首相が2025-26年度に基礎的財政収支(プライマリーバランス)を黒字化するとの財政健全化目標につき、単年度ごとではなく「数年単位でバランスを確認する」方針に転換する意向を示し、買いへ反転。一時153.54円まで本日高値をつけた。もっとも、NY時間からは小動きで、米11月ミシガン大学消費者信頼感指数・速報値が発表されても、反応は限定的だった。

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