Weekly Report(6/2)「ドル円、米5月雇用統計で利下げ期待が再燃するか」
安田 佐和子
この記事の著者
トレーダム為替アンバサダー/ストリート・インサイツ代表取締役

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で商業活動、都市開発、カルチャーなど現地ならではの情報も配信。2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライトなどのTV番組に出演し、日経CNBCやラジオNIKKEIではコメンテーターを務める。その他、メディアでコラムも執筆中。

マーケット分析
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―Executive Summary―

  • ドル円の変動幅は5月26日週に4.18円と、その前の週の3.09円から拡大した。週足では、反発。前週比では1.5円の上昇となった。年初来リターンは8.4%安へ縮小した。トランプ大統領は5月25日に欧州連合(EU)への関税50%への引き上げを6月1日から7月9日に先送りを発表した。5月28日には米国の国際貿易裁判所が、国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づくトランプ政権が発動した①カナダ、メキシコ、中国への不法移民とフェンタニル流入を理由とした関税、②相互関税と一律関税10%――に対し、差し止めを命じた。これらに反応しドル円は上昇も、その後は上げ幅を縮小。米Q1実質GDP成長率・改定値で個人消費が下方修正されたほか、米新規失業保険申請件数が増加するなど、米指標の軟化に反応した。
  • トランプ大統領は、CNBCの記者に「TACOトレード」について質問され、不快感を表明したTACOとは「Trump Always Chicken’s Out=トランプはいつも腰抜け」の略で、トランプ政権の関税措置などを受け米株など市場が急落した場面で、政権が強硬措置を修正し市場が大きく持ち直す動きに合わせ、トレードすべきとの考え方だ。これを受け、聖書で最も好きな言葉が「目には目を、歯には歯を」と公言するトランプ大統領は5月30日、鉄鋼・アルミ関税を25%→50%への引き上げを決定。トランプ大統領を煽れば、「倍返し」されるリスクを鮮明にした。また、トランプ大統領は5月30日にも、米中5月12日に発表した合意内容を、中国が順守していないとトゥルース・ソーシャルにて批判、習近平主席と会談する方針と語りつつ、強硬姿勢をアピールした格好だ。
  • 米国際貿易裁判所(CIT)は5月28日、国際緊急経済権限法(IEEPA)を基にした①不法移民+フェンタニル流入による関税、②相互関税+一律10%関税――につき、「違法で無効」として、差し止めを命じた。米憲法上、関税引き上げは「米議会の権限」と判断した格好だ。NY州など民主党知事10州と共和党知事2州、中小企業グループが提訴し、判事3人(トランプ氏、オバマ氏、レーガン氏による指名)による、一審の略式判決となる。これを受け、トランプ政権は即刻控訴し、米連邦巡回区控訴裁裁判所は、差し止めの一時停止を命じた。同時に、トランプ政権は大型減税案の成立を目指すなか、歳入減少を補填すべく関税収入が必要とあって、IEEPA以外での代替手段を検討し始めている。
  • 米5月雇用統計が6月6日に発表されるが、足元で労働市場に減速のサインが点灯している。オンライン求人広告インディードが発表する全米リアルタイム求人広告動向指数では、5月23日までで平均106.4と、4月平均の107.5を下回った。宿泊・観光が5月に平均89.0と、4月平均の93.9から大きく低下した。NFPのうち、これに該当する娯楽・宿泊は雇用の約1割を担うだけに、減速すれば労働市場を押し下げうる。
  • 6月2日週に発表となる主な経済指標として、2日に日本1-3月期四半期法人企業統計調査、ユーロ圏、独、米などの製造業PMI改定値、米5月ISM製造業景況指数、3日には中国5月財新製造業PMI、ユーロ圏5月消費者物価指数(HICP)、米4月雇用動態調査(JOLTS、求人件数など)、4日はユーロ圏、独、米などの総合PMI(サービス業含む)改定値、米5月ADP全国雇用者数、米5月ISM非製造業景況指数を予定する。また、5日には日本4月実質賃金、30年利付国債の入札、米5月チャレンジャー人員削減予定数、米4月貿易収支、米新規失業保険申請件数、6日には4月全世帯家計調査・消費支出、米5月雇用統計を予定する。
  • その他、政治・中銀関連では2日にパウエルFRB議長、ウォラーFRB理事、シカゴ連銀総裁、ダラス連銀総裁の発言、3日に韓国大統領選、豪準備銀行(RBA)議事要旨公表、植田日銀総裁の発言、シカゴ連銀総裁とダラス連銀総裁の発言、4日に米地区連銀報告(ベージュブック)、クックFRB理事とアトランタ連銀総裁の発言、5日に欧州中央銀行(ECB)の政策金利発表とラガルド総裁の会見、クーグラーFRB理事とフィラデルフィア連銀総裁の発言を予定する。
  • ドル円のテクニカルは、下落サインが後退。ドル円は一目均衡表の雲に突入し、しかも144円台を回復し雲の中で週を終えた。下落サインが低下したと言えよう。また5月は、月足で年初来で初めて上昇して引けた。もっとも、前週の買い戻し局面でも21日移動平均線をローソク足の実体部で明確に抜けきれず、上値が抑えられている印象。また、年初来から日足で4日続伸できていないトレンドが続いており、下落基調から転換したと判断しづらい。
  • 以上を踏まえ、今週の上値は前週高値付近の146.20円、下値は前週の安値と5月第2週の安値が近い142.20円と見込む。

【5月26~30日のドル円レンジ: 142.11~146.29円】

ドル円の変動幅は5月26日週に4.18円と、その前の週の3.09円から拡大した。週足では、反発。前週比では1.5円の上昇となった。年初来リターンは8.4%安へ縮小した。トランプ大統領は5月23日に欧州連合(EU)への関税50%への引き上げを6月1日から7月9日に先送りを発表した。5月28日には米国の国際貿易裁判所が、国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づくトランプ政権が発動した①カナダ、メキシコ、中国への不法移民とフェンタニル流入を理由とした関税、②相互関税と一律関税10%――に対し、差し止めを命じた。これらに反応しドル円は上昇も、その後は上げ幅を縮小。米Q1実質GDP成長率・改定値で個人消費が下方修正されたほか、米新規失業保険申請件数が増加するなど、米指標の軟化に反応した。

26日、ドル円は米英が休場のなかで小動き。トランプ大統領が25日にEUに対し6月1日から関税を50%に引き上げる可能性に言及したものの、25日にフォンデアライエン欧州委員長との電話会談を経て7月9日に延長した。また、トランプ大統領が23日、日鉄とUSスチールが「提携」し、米国に141億ドルの投資になると発言しつつ、東京時間の早々に一時143.09円まで本日高値を更新した程度。まもなく売りに転じ142.23円まで本日安値を更新し、その後は142円後半を中心としたもみ合いに終始した。

27日、ドル円は買い優勢に。東京時間の序盤は、植田総裁が日銀国際コンファランスの挨拶で、日本の物価上昇率が米欧を上回ったと述べたほか、見通し通りなら利上げを行うと述べ、ドル円は一時142.11円まで本日安値を更新した。しかし、財務省が金融機関にアンケートを実施したとの観測が飛び交った後、ロイターが財務省は2025年度に国債発行計画の年限構成を近く再検討し、超長期債の減額を視野に入れると報じたため、ドル円の買いが強まった。3連休明けのロンドン市場でも堅調に推移、NY時間に米4月耐久財受注が弱く上げ幅を縮小するも一時的で、トランプ大統領がEU側の通商協議に対する前向きな姿勢を歓迎すると投稿すると買いが再燃。米5月消費者信頼感指数が市場予想を大幅に上回ったため、一時144.47円まで本日高値を更新した。

28日、ドル円は買いの流れが継続。東京時間の序盤は、植田総裁が経済の影響は超長期債より中短期の変動が大きいと発言するなか小緩んだが、NY連銀総裁がインフレ加速なら利上げもやむなしとの見方を示唆したため、144.70円台へ上昇した。その後もNY時間入りまで21日移動平均線が近い144.80円付近超えを2回トライする展開。NY時間に入ると、材料薄のなかでも、21日移動平均線をクリアに突破した。日本側が日米通商協議で米国の対日デジタル黒字の問題を提起との報道で軟化するも一時的。むしろ144円半ばへ下押ししてからは米5年債入札や5月FOMC議事要旨、エヌビディア決算を控えるなかでも買いの勢いが強まり、約1週間ぶりに145円台を回復し、一時145.08円まで本日高値を更新した。 

29日、ドル円は急伸を経て上げ幅を打ち消す展開。東京時間早々に、米国際貿易裁判所が国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠としたカナダ、メキシコ、中国への不法移民とフェンタニル流入を理由とした関税と、相互関税並びに一律関税につき、差し止め命令を下した。このニュースを受け、ドル円は146円台へ一気に駆け上がり、一時146.29円と約2週間ぶりの水準へ急伸。しかし、ロンドン時間入りから上げ幅を巻き戻す展開となり、NY時間に入ると米新規失業保険申請件数の増加や米Q1実質GDP成長率・改定値の個人消費の下方修正を受け、下げ足を加速させた。ハセット国家経済会議(NEC)委員長が、一部のトランプ関税の差し止め命令は覆される見通しと発言したことも、材料視。米4月中古住宅成約件数指数が市場予想より大きな落ち込みを示すと、144円を割り込み、一時143.96円まで本日安値を更新し、朝方からの上げ幅を完全に打ち消した。

30日、ドル円は売り先行後に下げ幅を縮小。5月東京都区部消費者物価指数(CPI)のコアなどがインフレ加速を示し、一時143.44円まで本日安値を更新した。その後は下げ幅を縮小しつつも、NY時間にトランプ大統領が、中国は米国との合意を破った、いい人を装うのはここまでだとトゥルース・ソーシャルに投稿したが、習主席との対話する意思も表明したため、ドル円への影響は限定的で、144円台を回復して週を終えた。

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